ついカッとなって書いた槇原敬之「君」3部作レビュー――思春期を通り抜けて、槇原敬之がはじまる

 今年、2010年は槇原敬之デビュー20周年にあたるアニヴァーサリーイヤーだ。僕が明確に槇原敬之のファンと自覚した「もう恋なんてしない」のリリースが1992年なので、僕自身も実に18年も彼の楽曲に泣いたり笑ったりしていることになる。改めて書いてみると、人生の2/3近くを槇原敬之と……。その間、コンサートに行ったことも、当時のファンクラブ「SMILING DOG」に入っていたこともないけれど、アルバムは欠かさずすべて買い続けてきたんだから、もう十分筋金入りの槇原敬之ファンと名乗ってもいいんじゃないかと思っている。そして、槇原敬之は20年かけて1000万枚超のアルバムを売り、男性ボーカリスト歴代1位のセールス記録を保持するシンガーになり、僕は年間600冊マンガを買うニッポンの正しいオタクになってよだれ垂らしながら寝てま誰がそんな話をしろと言った。
 そんなわけで、今年も2回目の槇原敬之ヘビーローテーション期がやってきて、職場でひとり泣きながら聴いたりしている30歳独身(寒くもないのに鼻が赤いひとり!!)は、Twitterにセンチメンタリズムをダダ漏れさせたりしていたわけだけど、さすがに気持ち悪かったのか、執拗にアルバム曲の話ばかりしすぎたのか、同好の士と夜が明けるまで語り明かすことができなかったので、カッとなって3時間かけてアルバム初期3部作のレビューをしたためてしまった。
 本当は最初のワーナー時代(デビューから6thアルバム「UNDERWEAR」まで)を初期槇原敬之の変遷としてまとめる予定だったのだけど(彼は「UNDERWEAR」以降、ソニーミュージック→ワーナー→東芝EMIavexとたびたび移籍している)、あまりに長くなりそうなこともあって、まずは「君」をアルバムに冠した3部作でまとめてアップすることにした。奇しくもワーナーになる以前のWEA MUSIC時代のアルバム3枚でもある。区切りとしては上出来だ。
 というわけで、20年目の今年、18年分の思いを込めて、私的槇原敬之レビューを誰のためでもなく。

■思春期のセンシティブさが残るデビュー作「君が笑うとき君の胸が痛まないように」

君が笑うとき君の胸が痛まないように

君が笑うとき君の胸が痛まないように

 とにかくアルバム名が長くいことで知られる、槇原敬之の記念すべきファーストアルバム。1990年10月25日、デビューシングル「NG」と同時発売されたデビューアルバムでもある。
 このアルバムには後にシングルカットされて2ndシングルとなる「ANSWER」や「北風〜君にとどきますように〜」といった、ファンの間でも人気が高い楽曲がすでに収録されている。ミディアム〜スローテンポの名曲で、やわらかな幸福感が漂う、実に「槇原敬之らしい」楽曲だ。
 だが一方で、このアルバムは若いがむしゃらさのようなものが強く感じられる1枚だ。アップテンポで鮮烈な印象の「CLOSE TO YOU」は、

誰よりも誰よりも僕じゃなきゃって思わせるよ
会えなくてもそばにいたい

と「会っても会ってもまだ会いたい」という後の槇原敬之からすると珍しく切ないまでの情熱に満ちている。「今僕らがこうして幸せでいられることにひとつだって欠けちゃいけない」という歌詞に象徴されるように、「もっともっと」という気持ちと同時に、恋の不安感が漂う。これは後に続く槇原作品に特徴的な穏やかな恋愛描写とは対照的だ。
 また、「NG」からして失恋ソングというように、初期の槇原作品は片思いや失恋をテーマにすることが多く、このアルバムでも実らない恋愛を描いた楽曲が多い。「RAIN DANCE MUSIC」「FISH」「80km/hの気持ち」がそうした曲に当たるが、失恋曲においても「悲しみ」が色濃い。

他の誰かの腕のなかで君は綺麗に泳いでる
カルキの水が苦しくて僕は駄目になってく(「FISH」)

僕とは踊れない
濡れた髪が気になって踊れない(「RAIN DANCE MUSIC」)

そこにあるのはうちひしがれた、強烈な悲しみだ。前述の通り、槇原敬之は後に多くの失恋ソングの傑作を発表していくが、これほどダイレクトに悲しさばかりが全面に押し出された楽曲は後にも先にもこのアルバムの収録曲くらいだ。
 「愛という窮屈をがむしゃらに抱きしめて」と「ANSWER」は歌うが、「君が笑うとき君の胸が痛まないように」というアルバム自体が「愛と苦しみ」の狭間で胸を痛める思春期を過ぎた頃の少年らしさがにじみ出るような作品になっている。こうした後の作品にはない鮮烈な感情表現が本作の最大の魅力と言っていいだろう。

■誰かと手に入れる幸せを模索し始める2ndアルバム「君は誰と幸せなあくびをしますか。

君は誰と幸せなあくびをしますか。

君は誰と幸せなあくびをしますか。

 ファーストアルバムからのシングルカット「ANSWER」を経て、槇原敬之に転機が訪れる。言わずとしれた彼の代表曲のひとつ「どんなときも。」の発表だ。槇原敬之はこれまでに実に40枚ものシングルをリリースしているが、最高売り上げを記録しているのは現在でもこの「どんなときも。」の190万枚超だ。「どんなときも どんなときも 僕が僕らしくあるために」という歌詞は、槇原敬之の歌詞世界のひとつの象徴でもある。愛と不安のなかで悲しみを歌い上げていたファーストアルバムの楽曲に対し、「僕が僕らしく」という芯の通った自己の登場は、やがて来る多くの失恋ソングやライフソングでの槇原敬之を予感させるものとなった。
 そんな大ヒット曲を収録した2ndアルバムが「君は誰と幸せなあくびをしますか」だ。売り上げは約58万枚。現在からしたらその年を代表する大ヒットアルバムになるだろうが、ミリオン当たり前の当時としてはスマッシュヒットの部類に入るだろう。
 この2ndアルバムでは、「どんなときも。」で垣間見えた新しい槇原敬之の歌詞世界が少しずつ固まりはじめる。「君を今追わなきゃもうダメだと傘もささずに追いかけたという「Necessary」や「じゃあねとうまく言えない夜は切り出す勇気が切なくていいね」という「CALLIN'」のように、前作に見られた胸締め付けるような恋心を歌う楽曲を残しつつ、「僕の彼女はウェイトレス」のような幸福感に満ちた明るくポップな楽曲が現れ始める。

君の笑顔のわけがもうひとつ増えるなら
今降り出した雨だって僕はやましてみせるよ(「僕の彼女はウェイトレス」)

 この無謀なまでの幸福感は、後の槇原バラードの甘い歌詞の萌芽を感じさせる。
 一方で、失恋ソングも変化し始める。

電話番号も今は浮かばなくなったけど
「こんなもんだよ」と笑う僕がここにいる(「AFTER GLOW」)

君と別れた夜からどれくらいたったのだろう
でもあの日から少しは優しそうに見えるみたいだよ(「AFTER GLOW」)

「AFTER GLOW」は別れた恋人を思いながらも、過去の思い出として振り返るようになる。別れを受け止めて前を向く強さを手に入れた青年の姿がそこにはある。「EACH OTHER」でも、

臆病すぎた僕がどれほど君を辛くさせただろう(「EACH OTHER」)

と過去の自分を振り返って成長していく姿が描かれる。ラストは「もう君の僕じゃない 僕の君じゃない」と、切なくも次の一歩を踏み出す。
 1stアルバムでは端的な悲しみが強調されていた失恋ソングが、終わった恋への切ない感傷へと変化し始めるのがこの2ndアルバムの特徴的な出来事だ。胸を痛めていた僕が、君が今どうしているか、どんな幸せを僕、もしくは僕以外の誰かと手に入れるかに思いをはせ始める。切なくて、穏やかな自分らしさを手に入れ始めたアルバムなのだ。

■今なお輝きを失わない伝説的名盤「君は僕の宝物」

君は僕の宝物

君は僕の宝物

 メジャーシーンへ躍り出た槇原敬之が満を持して発表した3rdアルバム「君は僕の宝物」は、槇原敬之らしさが凝縮されたような文字通り宝物のような1枚となる。
 55秒のイントロダクションを前置きに始まる「くもりガラスの夏」は、別れた恋人へのわずかな未練を歌いながら、あくまでポップで軽やか。続く「もう恋なんてしない」もたたみかけるように切ない。

一緒にいるときはきゅうくつに思えるけど
やっと自由を手に入れた僕はもっと淋しくなった(「もう恋なんてしない」)

と、笑ってしまうような男の情けない強がりやセンチメンタリズムを切なく歌いながら、

2人で出せなかった答えは今度出会える
君の知らない誰かと見つけてみせるから(「もう恋なんてしない」)

と、前を向く強さも兼ね備える。
 比較的アップテンポな楽曲の後はミディアムテンポの「三人」。上京したての生活を思い出しながら、もう戻らない「一番はじめの東京」に別れを告げる。ここでも「さよなら」と言って進んでいく青年の強さが表現される。
 そして、本作でも屈指の甘い片思いのバラード「瞬きの間の永遠」「てっぺんまでもうすぐ」。初恋のような甘く切ない思いを、幸福感たっぷりに、ロマンティックに描く。とりわけゆっくりと上っていく観覧車でのわずか数分の情景を歌う「てっぺんまで〜」は槇原敬之の楽曲中でももっともロマンティックでドキドキ感に満ちた甘い甘い1曲だ。
 そして、マイベストに挙げてもよいほどの名曲「雷が鳴る前に」。

次の雷が鳴る前に数を数えたあの頃は
まだ君を好きになるなんて思わなかった(「雷が鳴る前に」)

 「てっぺんまでもうすぐ」が片思いの幸福感を強く打ち出した1曲だとすれば、「雷が〜」は片思いの切なさが強く出た楽曲だ。この曲には後にアンサーソングとなる「この傘をたためば」という曲が作られる。そこで描かれるように、「雷が鳴る前に」の恋は実らない恋だ。鮮烈な恋の痛みが雷鳴のように強烈に胸に残る。立て続けに「涙のクリスマス」。恋人への未練を感じながら過ごすクリスマス……。
 2曲続けて泣かせた後でやってくるのは、屈指の名曲「遠く遠く」。シングル「桃」のカップリングとして「櫻ヴァージョン」が、2006年にも新ヴァージョンが作られるなど、たびたびリメイクされているこの曲は、旅立ちと決意、離れていても忘れることのない憧憬と人のつながりを歌うライフソングだ。

遠く遠く離れていても 僕のことがわかるように
力一杯輝ける日をこの街で迎えたい(「遠く遠く」)

 力強い意志とほんの少しのセンチメンタリズム。ここで泣かなきゃ嘘だ。
 締めは幸福感いっぱいの「冬がはじまるよ」と「君は僕の宝物」。アルバムタイトルにもなっている「君は〜」はこれも甘いバラードナンバー。

神様ねえ もし僕が 彼女といること 当たり前に思ったら
力一杯つねってください
幸せの意味を忘れぬように(「君は僕の宝物」)

 そう歌うこの曲には、「CLOSE TO YOU」の頃のような激しさはないが、穏やかで暖かい力強さがある。
 この3rdアルバムは、とにかく豊かだ。曲調の多彩さも前2作とは段違いだが、同時に歌詞も格段に鮮やかさが増している。

何かの拍子に僕を思い出してるとしたら
洗濯機のぞき込んでる姿じゃないよう祈るよ(「くもりガラスの夏」)

君あての郵便がポストに届いてるうちは
片隅で迷っている
左に少し戸惑ってるよ(「もう恋なんてしない」)

「少し怖いね」「でも綺麗だね」
今の僕には何の意味もない言葉ばかり出てくるよ(「てっぺんまでもうすぐ」)

たとえば紙くずを投げ入れたり 横断歩道を渡るときに
何かひとつルールを決めて願いを掛けたりしてる(「雷が鳴る前に」)

いつでも帰ってくればいいと
真夜中の公衆電話で言われたとき
笑顔になって今までやってこれたよ(「遠く遠く」)

 槇原敬之の歌詞は「物語性がある」「情景が目に浮かぶ」とよく言われるが、その生活感、温度感、手触りが鮮明になったのもこのアルバムからだ。人間の感情の機微を、抽象的な言葉でなく、具体的な情景のなかに落とし込んでいく槇原敬之の歌詞世界はここで確立されたと言っても過言ではない。18年前、バブルの香りが未だ残る1992年の楽曲でありながら、現在でもそのリアリティと感触は色あせていない。
 アルバムセールス、実に120万枚超。槇原初のミリオンセラーアルバムにして、17枚のオリジナルアルバムでナンバーワンセールスを記録している本作は、名実共に大傑作であり、初期の槇原敬之の「槇原敬之らしさ」が完成された記念碑的作品でもある。


iTunesリンク
槇原敬之 - 君が笑うとき君の胸が痛まないように - http://itunes.apple.com/jp/album/id274548789
槇原敬之 - 君は誰と幸せなあくびをしますか。 - http://itunes.apple.com/jp/album/id274656818
槇原敬之 - 君は僕の宝物 - http://itunes.apple.com/jp/album/id284521963