たった2コマの職人芸――「チャンネルはそのまま」2巻(佐々木倫子)

チャンネルはそのまま! 2 (ビッグ コミックス〔スペシャル)

チャンネルはそのまま! 2 (ビッグ コミックス〔スペシャル)

ギャグマンガが常に一定数存在し、ジャンルとしても強固な地盤を築いているのに対して、「コメディ」という言葉がぴったり来るマンガというのは案外少ない。ギャグというほど爆笑を狙った瞬発力のあるネタをねじ込んでいるわけでなく、それでいて最近多くなっている「よつばと!」(あずまきよひこ)に代表されるような日常系作品でもない、シチュエーションとドラマがあって、全体として喜劇になっているというような作品は、ありそうでいて意外と絶滅危惧種のような気がします。
あるにはあると思うのだけれども、聞かれるとパッと思いつかない。
ギャグ色が強いけど、「みたむらくん」(えりちん)あたりが童貞コメディに当たるかな、とか、「そこをなんとか」(麻生みこと)みたいな業界ウンチクとのあわせ技コメディは割とあるかも、とか、テイスト的には一條裕子作品はコメディっぽいよな(「2組のお友達。」あたり)とか、パラパラと思いつくくらい。要するに(一枚看板としてのコメディは)ジャンルとしてあんまり意識されていないんじゃないかと思います。

そんな中で徹底的に「これぞコメディ!」という作品を描き続けてるのが、ご存知、佐々木倫子。「動物のお医者さん」以降、看護師、レストランと業界テーマだけど、「とにかく業界ウンチクで攻める」というスタイルでなく、あくまでシチュエーションにキャラクターを突っ込んでコメディに仕立て上げているのがこの人の持ち味。この辺、三谷幸喜っぽいのかな、とか思ったりもします。
そんな彼女の最新作が「チャンネルはそのまま!」。今回の舞台は、北海道のローカルテレビ局(キー局じゃないのが佐々木倫子っぽい!)で、例によって派手ではないけどアクが強いキャラクターたちが、毎回さまざまなシチュエーションでドラマを見せてくれます。
もはやいうまでもなく面白いわけですが、改めて「とんでもないなー」と思ったのが2巻収録の「誰かが中にいる」。たった2コマでさりげなく罠を張って、読者(というか、僕)を欺いてしまっている。

以下、完全にネタバレになるので、未読の方はご注意ください



「誰かが中にいる」は、本作の舞台となる北海道☆テレビのマスコットキャラクター・ホシイさんを軸に、テレビ局のイベント業務を扱った1本。
イベントで着ぐるみのホシイさんのアテンド(世話役)を任された主人公・雪丸花子(例によっておっちょこちょい)が、動きにくい着ぐるみの扱いに慣れず、悪戦苦闘するというストーリーです。

この回でキーになるのが、着ぐるみの中の人の入れ替わり劇。イベントの途中、ちょっとしたアクシデントで着ぐるみの中の人が本来入っているはずだった広報部長ではない誰かに入れ替わってしまいます。
ホシイさんの動きを不審に感じた雪丸が、こっそり確認すると、なんと中の人は社長! 萎縮する中、発生するトラブルをとっさの機転と力技で乗り切って一安心。めでたしめでたしと思ったら、実は中の人は「社長」ではなく、「車両(担当の運転手さん)」だったというオチで終わります。

こうしてあらすじを書くと何ともありがちなドタバタ劇に思えますが、この中で佐々木倫子は、読者に最後のオチを悟らせないために実に周到なブービートラップを張り巡らせています。
実際、途中まで読んだ段階で僕が予想していたオチはこうでした。

  • 最後出てきた社長が「いやー、けっこうホシイさんやるのも面白いねー」とか笑って、「そんなわけで、北海道☆テレビのイベントでは、今でもときどき社長がいなくなることがあります」とか入れて、必死で探すお偉いさんと楽しそうなホシイさんの横で雪丸が冷や汗をかいているシーンで終わり

なので、ラスト、中の人が社長ではないとわかったとき、「やられた!」と膝を打ってしまいました。思うつぼです。

では、佐々木倫子はどうやって僕(ら)をミスリードしたんでしょう。「中の人は社長だ」とミスリードさせるための明確な仕掛けこのセリフです。

  • 前半での広報部長の「せっぱつまれば誰でも(ホシイさんの中に)入るわね、わが社の場合」というセリフ

そもそもが広報部長が平気で着ぐるみの中に入っているという設定です。さらにこの広報部長のキャラもどこかとぼけていて、食えないタイプ。このセリフも何気ない感じで出てきているので、一見伏線には見えないくらい自然に差し込まれています。

ただし、僕が上に書いたようなオチを予想したのはこの伏線からではありません。この伏線は「中の人が誰かとんでもない人」であることを示唆しても、「社長」であることを暗示してはいません。だから、この時点では曲がりなりにも社内の人である社長よりも、社外の人が入っているというオチを予想する方がしっくり来るからです。

僕が上に書いたような具体的なオチのシーンを予想したのは別の理由です。

  • 慣れないイベントで悪戦苦闘するホシイさんと雪丸と、ステージ上でボケッとそれを見ている気の良さそうな社長(2巻P13)

このシーンのメインの役割は、着ぐるみの動きにくさや注意点を解説しつつ、雪丸の気のきかなさを印象づけておくことです。ところが、P13の5コマ目〜6コマ目は、明らかに不自然な描写が紛れ込んでいます。5コマ目、イベント中(しかもステージ上)にも関わらず、社長は両肘をついてぼんやりとホシイさんと雪丸の様子を見ています。さらに、6コマ目の雪丸がホシイさんに怒られているシーンは、なんと社長なめ。たった2コマ(社長が描かれているの自体、この見開きのわずか5コマ)ですが、かなり丁寧に社長のキャラクターを暗示する描写が重ねられています。
これを踏まえて、次の見開きで「午後に入ってどうも様子がおかしいホシイさん」の話が始まります。サブタイトルの「誰かが中にいる」と相まって、中の人が入れ替わってしまい、ピンチに陥るという展開は容易に想像がつきます。この段階で僕(あるいは読者)は上のようなオチを予想させられてしまったわけです。

単に「中の人が誰なのか?」がテーマであれば、中の人が社長というのはどちらかといえば安易なオチです。話の折り返し地点で手の内が読めてしまうわけですから、ベタといえばベタ。むしろもう1段階ドンデン返しがあると予想する方が自然です。
しかし、このエピソードのヤマは中の人探しではありません。あくまで雪丸が“やらかし”て、ピンチに陥りながらなんとか乗り切るというのがクライマックス。中の人が「社長」ではなく「車両」という2段目のオチは完全なサービス要素です。つまり、そもそも中の人が「車両の人」というドンデン返し自体、なくても十分成立するだけの骨子がすでにできているわけです。
だから、中の人が社長という多少ベタに見える展開も、シチュエーションづくりの要素ということで、自然に見える。
かくして、まんまと読者である僕は、たった2コマの小さなフェイクに引っかかり、佐々木倫子の手のひらの上で踊らされてしまったというわけです。
踊らされる快感を与えてくれる佐々木倫子はまさに極上のコメディ職人だなと、改めて唸らされた1作でした。

※ちなみに、たった数コマでの存在感を放つこの社長、ただのダミー伏線として捨てるには惜しい気がします。そのうち、社長のエピソードも出てくるんじゃないかと思っています。