一條裕子の親戚自慢――「阿房列車」(内田百聞/一條裕子)

阿房列車 2号 (IKKI COMIX)

阿房列車 2号 (IKKI COMIX)

それほど売れると思わなかったのか、百輭先生と鉄オタに敬意を表したのか、豪華箱入り仕様にお値段1100円と、ちょっとお高い贅沢な1冊が本作「阿房列車」マンガ版だ。

日本初の鉄道紀行ものとも言われる作品で、1950〜1955年にかけて執筆された(Wikipedia情報)とのことなので、今からおよそ60年ほど昔の作品になるわけだが、まったくオタクというのは60年前から変わらんのだなという感じだ。
一般人が「なんでまたそういう不毛なことを」ということをしないと気がすまない。どこかに行くために列車に乗るのでなく、列車に乗るためにどこかへ行く。この発想は、読むために買うのでなく、作家と作品への愛情を示すために何冊も買ってブログにアップする現在のオタクの倒錯ぶりと変わらない。偏屈さや細やかなこだわりも、まさに旧来のオタクという感じだ。60年前からオタクは「誰得」大好きというわけだ。

そんな悪ふざけ鉄道紀行を原文そのままに一條裕子がコミカライズする。
その作業は一見「とっつきにくい過去の名作をマンガ化することで再生産する」行為のように思える。だが、一條裕子がコミカライズすることは、内田百輭の他者化作業でもある。
偏屈で、いちいちこだわりのあるおじいちゃんの話は、そのまま聞いても面白い。だが、一條裕子が描くと「っていうのよ、うちのおじいちゃんたら」という感じに変わる。柔らかな描線が、百輭先生を愛らしい他人に変化させるのだ。

文豪・内田百聞を軽やかにいなして、かわいいおじいちゃんにする一條裕子の筆致と60年前の日本を旅するための切符が1100円。これほど贅沢な1100円はちょっとない。