俺マン2010決定

Twitter発のハッシュタグ「#俺マン2011」の誕生と動きの経緯をまとめたエントリーを追加しました。
「『俺マン』って何?」ということで当ブログに辿り着いた方はこちらをご覧下さい。
俺マン2011について(まとめ)
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今年も残すところ1週間弱。
というわけで、恒例・「俺マンガ大賞」の季節となりました。
マンガ大賞は、その名のとおり、「俺が俺を楽しませてくれた作品に勝手に贈るマンガ賞」です。

ほとんど個人的な備忘録なので、大した基準があるわけではないですが、おおむね以下のようなガイドラインで決めています。

  • 選定基準は独断(妥当性より愛情優先)
  • 挙げはじめるときりがなくなるので5作品のみに厳選(追記をしない勇気!)
  • 対象作品は該当年1月〜12月
  • 過去受賞作は除外

では、さっそく今年のラインナップを発表します。

1:「森山中教習所」(真造圭伍)

森山中教習所 (ビッグコミックス)

森山中教習所 (ビッグコミックス)

 くだらなくて、ダッサくて、だけど、切なくて、かけがえない。久々に現れた、正しい男子大学生の青春劇が今年の僕のナンバーワン。
 暇な大学生の日常劇でありながら、同時にコメディっ気たっぷりの緻密なドラマでもある。やる気も情熱も感じられないのに、後ろ向きか前向きかすらわからない漠然としたエネルギーが眠ってる。
 それは、金はないけど暇はあって、毎日たいしたこともしてないけど、くだらないことがみんなドラマチックだった、青春そのものといってもいい(何しろ、男子学生の青春なんてうさんくさいものの大半は、オシャレでかっこいい恋愛とか、理想と挫折の成長劇なんかじゃなくて、取るに足らないバカ笑いだ)。
 「バタアシ金魚」みたいなハイテンションではなく、超低温飛行でありながら、つい「バタアシ金魚」のあの美しさを思い出す。カオル君に正しい青春を見た人は、絶対に手にとって欲しい、大傑作だ。

2:「ドントクライ、ガール」(ヤマシタトモコ

ドントクライ、ガール (ゼロコミックス)

ドントクライ、ガール (ゼロコミックス)

 今年は「このマンガがすごい!」で奇跡のワンツーフィニッシュを決めたヤマシタトモコ。女であることをめぐる痛みや切なさを描いた「HER」が少女マンガの表であるなら、力業の笑いに冷めた女のしたたかさで攻めきる「ドントクライ、ガール」は少女マンガの裏と呼んでいいと思う。
 「イケメンだけど、家では全裸の30男と暮らすことになった処女の女子高生」という出落ち感丸出しの設定にもかかわらず、ラストまで少しもテンションが下がらず、むしろ進めば進むほど夢中になってしまう、このパワーは驚異的。イロモノ? 上等だ。これがイロモノなら、王道なんてクソ食らえだ。
 ヤマシタトモコのすさまじさは、コメディというよりギャグというレベルの爆笑作品でありながら、気づくとそのかわいさに悶死させられたりする点だ。何をやっていても、どこかにふと、孤独で消え入るような“女の子”が物語に立っている。もはや、彼女が何をやっていても少女マンガになるんじゃないかとすら思う。
 「HER」も名作だったが(もう泣いた泣いた)、この揺るぎない少女性を評価してこちらを。

3:「路地恋花」(麻生みこと

路地恋花 1 (アフタヌーンKC)

路地恋花 1 (アフタヌーンKC)

 今年もっとも面白かった少女マンガ(恋愛)は、青年誌に載っていた。もはや男性向け・女性向けと分けることにそれほど大きな意義を見いだせないくらいマンガはボーダーレス化してると感じる昨今だが、それでもあえて、これぞ少女マンガと言いたい。ラブコメではなく、少女マンガ。
 若い職人が集まる京都の長屋を舞台に、それぞれの恋模様を描いていくオムニバス連作なわけですが、誰かに惹かれていく瞬間のドキドキ感、焦がれるような寂しさと痛みの美しさといったらない。とにかく良作揃いでバラエティ豊かなgood!アフタヌーン作品だが、恋愛マンガ好きの僕としては何はともあれこれを推したい。書店さんは掲載誌を超えて、少女マンガ棚に平積んでいただきたい。今、少女マンガを読みたい人には、自信を持って本作。

4:「EVIL HEART」(武富智

EVIL HEART 完結編 (上) (EVIL HEART 完結編) (愛蔵版コミックス)

EVIL HEART 完結編 (上) (EVIL HEART 完結編) (愛蔵版コミックス)

 足かけ5年、掲載誌での連載終了などを乗り越えて、描き下ろしでついに完結した武富智の最長作品。僕はすでに「武富智」という名前を見るだけで涙ぐんでしまうほど、この人の作品が好きで好きで仕方ないのだが、それを差し引いても、素晴らしい名作に仕上がっている。差し引くつもりなんか全然ないけど。
 家庭の問題を抱えた不良少年が合気道を通じて成長していく物語……と書くといかにも陳腐だが、説教くさい美談になんてならないのが武富智。正論だけでは立ち向かえない暴力という現実と、それでも暴力の連鎖でないところでどう向き合うのか。健全な肉体に邪な心という、当たり前の人の弱さを、どう乗り越えるのか。
 正しいことなんて、誰でもわかってる。人を傷つけなくてすむのならそれが一番いいし、憎しみが何も生まないなんて飽きるほど聞かされている。でも、暴力は、ある。過ちも、ある。「EVIL HEART」にあるのは、「それでも」というその先の答えだ。
 「素敵だろう? 君の国の武道だ」とダニエル先生は言うけれど、素敵だろう? この国にはこんなマンガがあるんだ。

5:「ノラ猫の恋」(長野香子)

ノラ猫の恋 1巻 (BEAM COMIX)

ノラ猫の恋 1巻 (BEAM COMIX)

 今年は出る作品出る作品、どれも面白かったコミックビームのなかでも、もっとも響いたのがこれ。
 Twitterなどでもしばしば言っているが、僕は個人的な好みとして、孤独をめぐる作品が好きだ。痛みを、切なさを、それが完全にぬぐわれることがないことを知りながら、そこと向き合う作品を愛している。
 失踪した父・宗一郎に会いに来た女子高生・なな、その父にずっと恋し続けているオカマのキヨシ、そして父の会社の後輩と名乗る澤――。三者三様に、消えた宗一郎を求めているノラ猫のような彼らが、青森で過ごすひと夏の物語が「ノラ猫の恋」だ。
 最初から何かを失っている彼らが、絵に描いたような幸福に行き着くことは、もはやもちろんない。彼らは孤独と向き合い続けなくてはならない。だが、それでも生きていける。
 「愛が孤独を救うことはないのだ」と吉野朔実は「カプートの別荘へおいで」という作品で書いている。だけど、誰かとの絆は、孤独とともに生きていく力をくれる。たとえ、一緒にいなくても。
 クライマックスの疾走シーンの快感といい、画面いっぱいの描写も魅力的。ノラ猫たちが、好きになる一作。

特別賞:「少年ファイト」

少女ファイト(7)特装版

少女ファイト(7)特装版

 本来「俺マン」は単行本化された作品5本というルールでやっているが、今年はどうしても触れておきたかったので、特別賞枠を設置した。
 「少年ファイト」は、日本橋ヨヲコの「少女ファイト」の作中に登場する架空のマンガ雑誌だ。それが、「少女ファイト」7巻特装版の特典として冊子にまとめられたのが、受賞作にあたる「少年ファイト」。
 部屋の収納の限界が切実な問題になっている僕は、原則として特装版は買わないことにしているのだが、この「少年ファイト」だけはあまりにも豪華だったので購入してしまった。
 というのも、この小冊子、30人のクリエイターが「少女ファイト」トリビュート作品を寄せたもので、その参加作家陣がとんでもないのだ。
 詳しくはこちらを参照していただきたいのだが( http://goo.gl/oSjT )、「これで雑誌作ったらえらいことになるぞ」という面々。寄せられた作品もクオリティが高く、大変楽しめた。
 今年はこの「少年ファイト」を筆頭に、別マsisterでの「君に届け」トリビュートや、「HIGH SCORE」(津山ちなみ)トリビュート、あだち充画業40周年記念のゲッサン企画冊子など、トリビュート、コラボ企画が非常に元気な1年だった。そのあたりの盛り上がりを代表して、特別賞を贈りたい。


 以上、悩みに悩んで落とした作品もたくさんあるなか決定した今年の「俺の5冊(+α)」でした。年間総括はまた余裕があったら別途。

 マンガはよくランキング化されますが、基本的にジャンルも違えば想定読者層も違う、異種格闘技戦のようなものです。結局のところ、読むというのはごくプライベートな体験であって、ランキングやセレクションは傾向調査に過ぎません。誰かが駄作と切り捨てた自分の作品が人生を変えるほど衝撃を与えることもあるし、その逆もあります。ランキング系の記事が妥当性議論になったり、叩かれる理由も多くの場合その辺にあります。

 妥当性や正しさが存在しない世界で、それでも僕が年間ランキングを挙げる理由は、震えるような感動を誰かと共有できるかもしれないからです。会ったこともない、これから先も会わないかもしれない誰かと、ほんの少しだけ、一瞬だけでもわかり合えるかもしれない。頭でっかちな僕が、マンガについて語り続けるのは、そんな希望をそこに見ているからです。

 来年も、良いマンガを。